『源氏物語』や『枕草子』は、学校で一部を習ったきり、という人が多いと思います。原文は読めなくても、話の中身はいまの小説と同じくらい面白い。問題は、どこから入ればいいかです。
いまは、角田光代さんや森見登美彦さんのような小説家が古典を訳した文庫が出ていて、ふつうの小説と同じ感覚で読めます。この記事では、そうした「今の言葉で読める古典」と、古典を下敷きにして生まれた小説を、あわせて紹介します。
いちばん手に取りやすいのは、森見登美彦さんが訳した『竹取物語』です。誰もが筋を知っている話なので、訳の違いがそのまま楽しめます。
小説家が訳した古典を、文庫で読む
河出文庫の「古典新訳コレクション」は、池澤夏樹さんが編んだ「日本文学全集」の古典の巻を、2023年から文庫にしたシリーズです。訳しているのが学者ではなく現役の小説家なので、注釈を追わなくても物語として読み進められます。
| 古典 | 訳者 | 巻数 |
|---|---|---|
| 源氏物語 | 角田光代 | 全8巻 |
| 平家物語 | 古川日出男 | 全4巻 |
| 枕草子 | 酒井順子 | 全2巻 |
| 竹取物語 | 森見登美彦 | 1巻 |
| 宇治拾遺物語 | 町田康 | 1巻 |
| 伊勢物語 | 川上弘美 | 1巻 |
| 更級日記 | 江國香織 | 1巻 |
| 古事記 | 池澤夏樹 | 1巻 |
| 雨月物語 | 円城塔 | 1巻 |
| 百人一首 | 小池昌代 | 1巻 |
このうち、はじめの1冊に向いているものを4つ挙げます。
源氏物語(角田光代 訳)
全8巻と長いのですが、1巻を読むと、光源氏をめぐる人間関係のもつれ方が、いまの恋愛小説とそれほど変わらないことに驚きます。角田さんの訳は原文の敬語をかなり省いていて、誰が何をしているのかを追いやすくなっています。
平家物語(古川日出男 訳)
琵琶法師が語り伝えてきた物語を、語りの声が聞こえるような文体で訳しています。2022年に放送されたテレビアニメ『平家物語』は、この古川さんの訳をもとにしています。アニメを観た人なら、そのまま原作に入れます。
宇治拾遺物語(町田康 訳)
鎌倉時代の説話集で、「こぶとりじいさん」や「わらしべ長者」のもとになった話が入っています。町田康さんらしい、くだけた今の話し言葉で訳されていて、とぼけた話はとことんとぼけた調子で読めます。短い話の集まりなので、どこから読んでもかまいません。
枕草子(酒井順子 訳)
エッセイストの酒井順子さんが、清少納言のエッセイを訳しています。「こういう人は嫌だ」「これは好き」とはっきり書く清少納言の文章が、今のエッセイとして読めます。上下2巻です。
マンガや朗読から入る
文章より絵のほうが入りやすい人には、大和和紀さんのマンガ『あさきゆめみし』があります。『源氏物語』をほぼ全編マンガにした作品で、登場人物の見分けがつきやすく、受験生が話の流れをつかむのに使うことでも知られています。
百人一首なら、歌の一首ずつを恋の話として描いた杉田圭さんの『うた恋い。』が入り口になります。
耳で聴くなら、Audibleに『寂聴 源氏物語』があります。瀬戸内寂聴さんの訳を、井上和彦さんや池田昌子さんら6人の声優が読んでいます(声優が朗読する名作の記事で紹介しています)。
古典を下敷きにして生まれた小説
古典は、読むだけでなく、ほかの作品の材料にもなってきました。元の話を知っていると、書き手がどこを変えたのかが分かって、二度おいしい読み方ができます。
芥川龍之介『羅生門』『鼻』
教科書でおなじみの『羅生門』は、平安時代の説話集『今昔物語集』の話をもとにしています。『鼻』も同じく、説話集にある僧の話が元です。芥川は、短い説話に人の心の動きを書き足して、近代の小説にしました(芥川が登場する文豪ストレイドッグスの元ネタの記事でも触れています)。
太宰治『お伽草紙』
「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」の4つの昔話を、太宰治が語り直した作品です。浦島太郎が乙姫に会うまでの道中や、カチカチ山のたぬきの片思いなど、よく知っている話が太宰らしい皮肉とユーモアで書き換えられています。
古川日出男『平家物語 犬王の巻』
『平家物語』を訳した古川日出男さんが、その外伝として書いた小説です。室町時代、平家の物語を新しい形で演じて人気を集めた能楽師・犬王と、盲目の琵琶法師・友魚の話で、2022年に湯浅政明監督のアニメ映画『犬王』になりました。訳と合わせて読むと、同じ物語が語り直されていくことそのものが主題だと分かります。
夢枕獏『陰陽師』
平安時代の陰陽師・安倍晴明と、友人の源博雅が、都で起きる怪異を解いていくシリーズです。『今昔物語集』などの説話にある話が、たびたび下敷きになっています。一話ずつ完結するので、平安時代の空気に慣れる入り口としても読めます。
森見登美彦『新釈 走れメロス 他四篇』
こちらは古典ではなく、近代の名作を下敷きにした短編集です。『山月記』『藪の中』『走れメロス』『桜の森の満開の下』『百物語』の5編を、現代の京都の大学生の話に置き換えています。元の作品と読み比べると、森見さんがどこを残し、どこを思いきり変えたのかがよく分かります(Kindle版)。
どれから読むか
迷ったら、短くて筋を知っている『竹取物語』か『宇治拾遺物語』から始めるのがいちばん気楽です。長い物語に浸りたいなら『源氏物語』、アニメや映画から入るなら『平家物語』と『犬王』の組み合わせがおすすめです。
この記事で書影を載せた本は、どれも紙の文庫とKindle版の両方が出ています(2026年9月確認)。古典は注釈や系図を行き来しながら読むことも多いので、文字を大きくしたり、分からない言葉をその場で調べたりできる電子書籍とは相性がいいと思います。



コメント